iPS細胞が切り開く難病治療の未来。新型コロナ治療の研究も進む

監修者
セルメディカルチームジャパン 編集部

 京都大学の山中伸弥教授がノーベル賞を受賞したことで、広く知られるようになったiPS細胞。iPS細胞の発見によって、これまで治すことが難しかった病気に新しい治療法が見つかる可能性があると期待されています。世界中の病院や研究機関では、病気になった臓器にiPS細胞から作った細胞を移植して機能回復を図る再生医療の研究が進んでいます。最近では、世界で猛威を振るう新型コロナウイルス感染症の治療法開発にもiPS細胞が使われています。今回は未来の医療を大きく転換させるiPS細胞をテーマに解説していきます。

▼セルメディカルチームジャパンのサイトでも詳しく説明されています。

まずはお気軽にご相談ください。

https://www.cellmedicalteamjapan.com/

1. iPS細胞とは

 山中教授が所長を務める京都大学iPS細胞研究所によると、iPS細胞は以下のように紹介されています。

「人間の皮膚などの体細胞に、ごく少数の因子を導入し、培養することによって、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力をもつ多能性幹細胞に変化します。この細胞を『人工多能性幹細胞』と呼びます。英語では『induced pluripotent stem cell』と表記しますので頭文字をとって『iPS細胞』と呼ばれています」

引用:京都大学iPS細胞研究所「iPS細胞とは」

https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/faq/faq_ips.html

 

つまり人間の皮膚や血液などから取り出した体細胞に、山中教授のグループが見出した因子を加えて培養することで細胞が初期化され、神経や心筋、肝臓、すい臓といった人体の組織や臓器の細胞に変化させられるようになりました。

 それ以前からあらゆる細胞に分化する多能性幹細胞としてES細胞がありましたが、受精後の胚盤胞から取り出した細胞を培養することによって作製するため、受精卵を破壊することへの倫理的問題が指摘されていました。iPS細胞はその課題をクリアした上、患者自身の細胞から作成することができるため拒絶反応が起こりにくいという特長があります。

2. iPS細胞を使った再生医療の研究

出典:dragonstock – stock.adobe.com

 山中教授は2007年に人間の細胞からiPS細胞を作ることに成功。この功績が認められて2012年にノーベル医学生理学賞を受賞しました。その後、iPS細胞は医療の分野でどのように活用されてきたのか見ていきましょう。

 最も活用が期待されているのが再生医療の分野です。再生医療とは、機能を失った組織に新たな細胞を移植し、機能を取り戻す治療のこと。例えば脊髄を損傷して神経が途絶されてしまった場合、iPS細胞から作成した神経細胞を移植し、失われていた神経ネットワークを再生させることを目指します。また失明した患者にiPS細胞で作った目の細胞を移植し、視力を回復させる治療法も研究されています。再生医療は、これまで有効な治療法がなかった疾患の新たな治療法として研究が進んでいます。

 近年では臨床研究も進歩を遂げています。2020年10月には、目の難病である網膜色素変性症の患者の目にiPS細胞から作ったシートを移植する世界初の手術が神戸市立神戸アイセンター病院で実施されました。網膜色素変性症とは、暗いところで物が見えにくくなったり視野が狭くなったりし、病気の進行とともに視力が低下、失明に至ることもある病気です。手術では60代女性の失われた視細胞にiPS細胞から作った網膜シートを移植。視機能の回復を目指しています。

 他にも、大阪大学がiPS細胞から作った組織を重症心不全の患者に移植する治験を開始し、京都大学はマウスを使って、全身の筋力が失われていく難病の筋ジストロフィー治療に成功したと発表しました。千葉大学と理化学研究所のチームはiPS細胞を使ったがん治療としては国内初となる頭頚部がんの治療を進めています。

 また病気のメカニズムの解明や創薬の分野でもiPS細胞は一役買っています。難治性疾患の患者の体細胞からiPS細胞を作り、それを患部の細胞に分化させて体内の状況を再現することで、病気の進行によって患部の状態や機能がどう変化するかを研究できるようになりました。これにより病気の解明にいっそう近づくことができます。

 さらに再現した患部に新しい治療法や薬剤を試せることから、患者に治験の負担をかけずに有効性や副作用をテストすることが可能になり、薬の開発に大きく貢献しています。

 

参考:神戸市立神戸アイセンター「『網膜色素変性に対する同種(ヒト)iPS 細胞由来網膜シート移植に関する臨床研究』の1例目の移植手術の実施について」

http://kobe.eye.center.kcho.jp/files/20201016/3010889b015c428075bb176bb0f2eca195bdd4f5.pdf

参考:大阪大学大学院医学系研究科・医学部「iPS細胞から作製した心筋細胞シートの医師主導治験の実施~重症心筋症の治療に向けて~」

http://www.med.osaka-u.ac.jp/archives/20776

参考:京都大学iPS細胞研究所「筋ジストロフィーモデルマウスにおけるヒトiPS細胞由来骨格筋幹細胞の移植効果を確認」

https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/200703-010000.html

参考:理化学研究所「世界初、iPS-NKT細胞を血管内に直接投与-頭頚部がんの免疫細胞療法で治験を開始-」

https://www.riken.jp/pr/news/2020/20200629_2/index.html

3. iPS細胞の実用化はいつ?

出典:Kenishirotie – stock.adobe.comproblem

 これまで紹介してきたように、iPS細胞を使った臨床研究や治験は飛躍的に進んでいて、あらゆる疾患や部位で実用化に近づいてきています。それではすぐにでも、希望する患者が近くの病院でiPS細胞を使った治療を受けられるようになるのでしょうか。

 iPS細胞を使った治療にはまだ、治療コストの削減や拒絶反応のリスク低減など、解決すべき課題が残されています。一般的に患者本人の細胞に由来するiPS細胞から作った細胞や組織を移植する場合は、拒絶反応が起きにくいとされています。一方で時間とコストがかかり治療費が高額になるという問題があります。これでは治療法を広く普及させることができません。そこで京都大学iPS細胞研究財団では拒絶反応を抑える研究に加え、健康なボランティアから提供された血液を使って再生医療に用いるiPS細胞を作製し、国内外の医療機関などに提供できるようストックするなどの対応策を検証しています。

 時間とコストの問題以外に、安全面での研究も続いています。臨床研究まで進んでも、思ったような効果が表れなかった場合には、打ち切りになることもあります。効果が得られる治療を安心して受けるためには、もうしばらく時間がかかりそうです。

参考:京都大学iPS細胞研究財団「iPS細胞ストックプロジェクト」

https://www.cira-foundation.or.jp/j/project-ja/index.html

4. 新型コロナウイルス感染症にも効果が期待できる?

 2020年現在、世界を震撼させている新型コロナウイルス感染症でも、iPS細胞を使った治療法の研究が進んでいます。

 京都大学iPS細胞研究所は6月、大阪市立大や大阪府などと新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に向けた連携協定を結んだと発表しました。京都大学と大阪市立大学は、治療法の開発に向けた共同研究をスタート。京都大学と大阪市立大学、大阪府は検査体制強化と疫学研究について共同で進めていくそうです。

 さらに10月には藤田医科大学がiPS細胞から作った免疫細胞「キラーT細胞」にウイルス感染した細胞を攻撃させて、患者の回復を目指す治療法の開発を始めたと発表しました。23年以内の臨床応用を目指しています。

 キラーT細胞を使った治療法の開発に成功すれば、世界中の製薬会社や研究機関で開発が進むワクチンとともに、人類にとって大きな武器になるでしょう。

 

参考:京都大学iPS細胞研究所「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に向けた共同研究・検査体制の充実に係る連携に関する協定締結について」

https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/200615-170000.html

参考:藤田医科大学「藤田医科大学はリバーセルと共同研究契約を締結しました 汎用性キラーT細胞を用いた新型コロナ治療法を共同開発」

https://www.fujita-hu.ac.jp/news/j93sdv0000007nf3.html

- コメント -