病気やけがで失った臓器や組織をよみがえらせるのは不可能とされてきました。しかし、これまでの医学の常識を覆す再生医療が近年、めざましい進歩を遂げてきています。iPS細胞やES細胞という言葉をどこかで耳にしたり、見たりしたという方も多いのではないでしょうか。では、人間の細胞を用いた再生医療には、どのような治療の種類があるのでしょうか。そして実用化に向けたさまざまな研究は、どの段階まできているのでしょうかー。再生医療の今を紹介していきます。
目次
1. そもそも再生医療とは
再生医療とは神経や内臓、皮膚などの失われた働きを、人間の体の「再生する力」を用いて機能を回復することです。すなわち体を作っている細胞を利用して、取り戻したり、補ったりする医療のことをいいます。
これまでの医療では、人は病気やけがで体の一部を失い機能しなくなると、それを補うため医療機器や医療器材に頼らざるを得ませんでした。心臓が機能しなくなれば、ペースメーカーか心臓移植をするしかなく、腎臓が機能しなくなれば人工透析を行い、膝関節の軟骨などがすり減り歩行が困難になれば人工関節を取り入れます。
しかし、再生医療では薬や人工物を使用せず、人間が持っている「再生する力」を利用して治療するものです。既に実用化されている再生医療を例に挙げると、やけどの患者から健康な皮膚を取り除き、その細胞を増やして、やけどした部分に植え付け、元のような皮膚を作る方法などがあります。
2. 再生医療の「ES細胞」「iPS細胞」とは
私たちの体にある細胞には、皮膚や血液のように組織や臓器となった「体細胞」と、これからいろいろな組織や臓器になっていく「幹細胞」があります。再生医療には主に幹細胞が使われます。なぜならば、両生類のトカゲの尻尾が切れると、自然に元に戻る力に似た再生能力があるからです。
幹細胞には、もともと私たちの体の中にある「体性幹細胞」と、受精卵から培養して作られる胚性幹細胞「ES細胞」、人工的に作製される人工多能性幹細胞「iPS細胞」の3種類があります。
「ES細胞」と「iPS細胞」は、「体性幹細胞」とは違い、さまざまな組織や臓器に変化する能力を持つ万能細胞です。ただ、「ES細胞」は受精卵が胎児になる途中の細胞を採り出して培養し作製するため、本来赤ちゃんになれる細胞を利用するという倫理的な問題があります。
それに対して「iPS細胞」は、皮膚や血液など特定の役割を持った成熟した体細胞にいくつかの遺伝子を入れて、人工的にあらゆる組織や臓器の細胞に変化できる可能性を持っている細胞に戻してしまう幹細胞です。「ES細胞」と同等の能力がある上に、倫理的な問題を解決したことで、2012年には「iPS細胞」を発明した京都大学の山中伸弥教授がノーベル医学生理学賞を受賞しました。培養条件を変えることで神経や心臓、網膜などの細胞を作ることができ、最も注目を集めています。
3. 再生医療による治療の実現に向け、どのような種類の研究がされているのか
倫理的な問題をクリアしたiPS細胞の発明によって、さまざまな研究が行われています。ES細胞やiPS細胞を使った再生医療の実用化に向けた取り組みで、目の網膜組織の再生が初めて試みられました。網膜の細胞に異常が起きて、ものが見えなくなる加齢黄斑変性や網膜色素変性症という病気があります。理化学研究所と先端医療センター病院(神戸市)のチームが2014年9月、世界で初めてiPS細胞から作った網膜の細胞を、難病「滲出(しんしゅつ)型加齢黄斑変性」を患う兵庫県の70代女性の右目に移植しました。網膜色素変性症については、アメリカで研究が行われ、ES細胞から作った網膜細胞を患者さんに移植し、視力が改善された報告もされています。
この他にも、角膜組織の再生や、運動神経が失われ、全身が動かせなくなっていく「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」、パーキンソン病、心不全、失った歯の再生や慢性歯周炎など、さまざまな体の部位の病気に関する再生医療の研究や創薬の開発が進み、人を使った治験レベルまできているものもあります。
4. 実用化されている治療の種類とは
ここまでES細胞やiPS細胞を使った研究について紹介してきましたが、これ以外にも失った臓器や組織を補ったり、再生したりする治療は既に実用化されているものがあります。
代表的なものが乳房再建です。がん手術などで失った乳房を再建する方法としては、シリコン製の乳房インプラントを入れる人工物法と、下腹部や背部、臀(でん)部などから自分の体の脂肪や皮膚を移植する自家組織移植法があります。
この他には先述の通り、やけどした皮膚に健康な細胞を取り除いて移植する方法や、すり減って壊れてしまった膝には、金属やプラスチックでできた人工の関節に取り替える方法があります。また、薄毛や脱毛には、投薬治療や植毛などがあり、抜けてしまった歯にはインプラントやブリッジを使用します。
しかし、いずれにしても実用化されているものは、薬や人工物を使った再生医療が多く、臓器や組織そのものを再生させるレベルには至っていません。iPS細胞をはじめとする幹細胞を使った最新の再生医療は、薬や人工物を使ったときに起こりえる倦怠(けんたい)感などの副作用や感染症のリスクは避けられるといわれています。人間の体にある細胞を使い再生する力を利用した医療が実用化していけば、これまで治せなかった数々の病も根治の可能性が見えてくるといえるでしょう。
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