生涯、自分の歯で食べる!入れ歯や差し歯に頼らない「歯の再生医療」

監修者
セルメディカルチームジャパン 編集部

 近年、虫歯や歯周病、親知らずなどによって抜いてしまった歯にも「幹細胞」があることがわかり、再生医療の実用化の期待が高まっています。これまでの歯科治療の課題や歯の幹細胞について解説しながら、失ってしまった歯を再生する最先端の医療の取り組みについて、詳しくみていきます。

1. これまで歯科治療が抱えてきた課題とは

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 虫歯や歯周病はありふれた疾患であるため、重症のケースを除いて悩まれる人は比較的少ないかもしれません。しかし、虫歯や歯周病といった歯の疾患は、一度かかってしまうと自然治癒を望めないばかりか、たとえ歯科で治療を受けたとしても完全に元の状態に戻るわけではありません。

 虫歯であれば、歯に穴を削り、金属やプラスチックの人工物質を詰めます。人工物による補塡(ほてん)はあまり長持ちせず、虫歯や歯根の病気が再発する場合があります。再治療になると、ますます歯の状態が悪くなり、多くの場合は最終的に歯を抜くことになります。歯を抜歯すると、健康な隣の歯を削って治療することさえあります。このように、たかが虫歯といって甘く考えていると、歯を削る治療が繰り返され、歯を失うという悪循環を止めることができなくなってしまいます。

また、歯周病で失ってしまった歯を支える歯槽骨を元通りに再生するのは、極めて困難といえます。

 つまり、今までの歯科治療は結果として起こった疾患の根治ではなく、いわば〝応急処置〟を行うことだけに終わることが大きな課題でした。

 患者さんにとっては、歯の疾患は医師が治療しないと治らないため、時間もかかり、診療代も高くつくという問題もあります。

2. 歯科治療に再生医療を応用できるのか

 こうした課題を解決してくれるのが、幹細胞の力を使って臓器や組織の形や機能を再生する「再生医療」です。私たちの歯の中にも「歯髄(しずい)細胞」という幹細胞を含む細胞が存在していることがわかりました。

 歯髄幹細胞とは、歯の神経である歯髄から取り出す幹細胞のことです。この細胞は採取する機会が多いことが魅力のひとつに挙げられます。幹細胞は一般的に人の臍帯血(さいたいけつ)や骨髄から採取していましたが、歯髄幹細胞は自然と生え変わり今まで捨てられていた乳歯や親知らずなどから採ります。体への負担も少なく、医療廃棄物となる抜けた歯から得られる細胞のため、倫理的観点においても理想的な細胞ソースと考えられています。

 歯髄幹細胞を使った再生医療では、抜けた歯の再生や、歯根をよみがえらせるなどして、天然歯と同じ形や機能を再現した「再生歯」を作ることも可能です。再生歯を人工物質で作られているこれまでのインプラントに代わる新たなインプラントとして使用することで、歯の欠損を治療することができるようになります。

 歯随幹細胞を保管する動きも広まっています。「歯髄細胞バンク」と呼ばれるもので、再生医療の研究や治療のために、抜けた歯を寄付者から集めて歯髄細胞を保管する他に、有料の保管サービスを提供する会社が出てきています。抜歯や歯が抜けるタイミングで、このバンクに歯髄細胞を預けておくと、将来、本人や家族が虫歯や歯周病、脳梗塞、アルツハイマー病などになったときに再生医療による治療に使える可能性があります。

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3. どのような研究が行われているか

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 人間の歯を再生する技術はまだ存在しないのが実情です。しかし、その実現に向けたさまざまな研究が行われています。動物実験では、妊娠しているマウスの胎内にいる胎仔から採取した歯胚の細胞が使われています。

歯胚とは、歯の成長する元になる組織で、石灰化して硬くなる前の軟らかい組織です。この歯胚を細胞一個一個までバラバラにして、再び細胞のかたまりを作ることで人工歯胚を作製します。この人工歯胚を培養することによって、完全な歯に成長するかどうかが試されています。

 歯の再生には、歯胚の細胞を用いて人工歯胚を作ることと合わせて、これを培養する方法がとても重要になります。一般的には、実験動物に移植する体内培養法と、培養シャーレの中で培養する体外培養法との2つに分けられます。

 こうした流れを経て、動物実験から人への臨床研究の段階にステップアップしています。国立長寿医療研究センターと愛知学院大学は20122017年にかけて日本で初めて、抜歯した親知らずなどの歯髄から、幹細胞を採取して自分の歯髄を取り除いた歯に入れて歯髄を再生させる歯髄再生の研究を行いました。

このように入れ歯や差し歯に頼らなくても生涯自分の歯で食事が取れる日が近づいています。

 

4. 歯のみならず、全身への応用も

 これまでに紹介した歯の幹細胞の魅力的な能力は、歯髄再生や歯の再生のような歯科治療に限らず、実は全身の病気に対する治療効果にも期待が高まっています。

これまでの動物実験において、マウスやラット、あるいはウサギを用いた疾患モデルにより、脊髄損傷、脳虚血、下肢虚血、心筋梗塞、筋ジストロフィー、アルツハイマー病、角膜上皮欠損、毛包欠損など、さまざまな全身疾患に対する歯の幹細胞の治療効果が認められています。

 これらの結果は、骨髄や脂肪の幹細胞と同等の能力を備えている歯の幹細胞が、歯科疾患に限らず全身疾患の治療にも応用できることを示しおり、医療業界では無限の可能性を秘めた歯科の重要性が、再認識されてきているといえるでしょう。

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