交通事故やスポーツ中の事故などによる外傷が原因となって引き起こされる脊髄損傷。首や背中などへの強い衝撃が原因で神経が傷つき、脳と体の各部との伝達が途絶されることで発症します。
最悪の場合、全身麻痺の後遺症を患うことも。最近では高齢者が転倒して発症するケースが増えていることから、誰にでも突然降りかかる可能性がある疾患といえます。
神経は一度傷つくと再生は困難とされ、脊髄損傷による重度の後遺症を回復させることは絶望視されてきました。
しかし近年、進化するテクノロジーを使った再生医療の研究が進み、麻痺した手足の運動機能を再生させた事例が報告されています。では脊髄損傷とはどのような疾患なのでしょう。
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1. 脊髄損傷とは?
脊髄とは、脳と体をつないで脳からの指令を手足に送ったり、手足の感覚を脳に伝えたりする神経の束を指します。脊椎(背骨)で囲まれた脊柱管というトンネルを通って、首から腰のあたりまで伸びています。
事故による強い衝撃などで脊髄が傷つくと、傷ついた箇所より下にある脊髄は脳とのやり取りができなくなります。その結果、脊髄から伸びる神経がつかさどる体の部位に運動麻痺や感覚障害などが起きるのです。神経細胞が一度損傷されるとその再生は難しく、後遺症が出る可能性があります。
では、脊髄損傷はどのような原因で発症するのでしょう。詳しく見ていきましょう。
2. 脊髄損傷を引き起こす主な原因
神経が傷つく要因は、外傷性と非外傷性に分けられます。強い衝撃が加わったことで起きる外傷性の患者数が非外傷性の患者数に比べて圧倒的に多く、その原因は①交通事故②高所からの転落③転倒④スポーツの順に多くなっています。損傷部位は首の脊髄が最も多く、次いで胸から腰にかけての脊髄、胸の脊髄、腰の脊髄の順です。一方、非外傷性の脊髄損傷は、腫瘍や血行障害などが原因で引き起こされます。
脊髄損傷時の年代は20代と50代以降が多い傾向があります。若い世代は自動車事故に加えてバイク事故の割合が高く、50代以降は自動車事故と自転車事故が主な原因となることが分かっています。また近年では、高齢者が歩行中に転倒する事例も増えています。
損傷患者の発生件数について、全国的な統計ではありませんが、医療機関単位や自治体単位でみるとここ数年大きな変動はありません。これは発生原因の多くが事故に起因するためで、事故が起きない安全な社会システムを構築しない限り大きく減少させることは難しそうです。
3. どんな症状が出るの?
脊髄損傷による麻痺や障害は、脊髄の損傷箇所より下にある脊髄から伸びる神経が脳とやり取りできなくなることで発生します。つまり、脊髄のどの部分を損傷したかによって運動麻痺や感覚障害の発生箇所の分布が大きく異なります。麻痺の重さは損傷の程度によります。
例えば首の上の方を痛めると、手足の麻痺に加え呼吸困難になることも。生活のすべてにおいて介助が必要になり、呼吸器を使用しなければならない場合もあります。首の中ごろを痛めると手足の麻痺が、首より下の脊髄を痛めると両足の麻痺が残ります。
麻痺や感覚障害以外にも、排尿・排便障害が出ることもあります。膀胱に尿が残った状態が続くと膀胱の感染から腎不全を起こし、死亡する例もあるので、尿道からカテーテルを入れてたまった尿を出す自己導尿などが必要になります。
その他に、首から胸にかけての脊髄を損傷した場合、自律神経過反射という症状が出ることがあります。血圧上昇、体が赤くなる、冷や汗、脈が遅くなるといった不調が見られます。また座ったり立ち上がったりする時に血圧が下がってめまいや意識消失を起こす起立性低血圧を発症することもあります。
以上は症例の一部で、損傷の箇所とレベルによって現れる症状は千差万別です。
4. 脊髄損傷後の治療法
交通事故や転倒直後などの急性期には、まず状態を安定させ、損傷を最小限に抑えることが大切です。脊髄の圧迫を軽減するために、手術をすることもあります。特に、頸髄(けいずい)や胸髄を損傷した場合には肺の機能が低下するために人工呼吸器を使うこともあります。肺炎を併発しやすくなるので注意が必要です。
また体を動かせないことで血流が悪くなり、体の組織が壊死する床ずれや、血栓が肺動脈を塞ぐ肺塞栓などを引き起こすリスクもあります。そうした合併症を予防するために、頻繁な体位変換や関節可動域訓練なども治療と併せて行う必要があるのです。
状態が安定したら、リハビリテーションを開始します。脊髄損傷では比較的早期に将来的に後遺症を患うかが分かります。ですから早期のうちに、より具体的な対応を障害ごとに考えて実践していくことが大切になります。
麻痺の程度によってゴールは人それぞれ。自立歩行、杖歩行、車いすでの自立など個々の目標を定め、生活の質向上を目指していきましょう。
5. 再生医療で機能再建に期待
脊髄損傷による麻痺の多くは、脳からの運動制御指令が手足などの末梢に伝達されず、筋肉を動かすことができない状態です。これまでは、神経細胞が損傷されると再生するのは難しく、一度失った機能の回復は困難とされていました。そんな常識を一変させる可能性を秘めていると、近年注目されている治療法が「再生医療」です。
日本再生医療学会によれば、再生医療とは「患者さん自身の細胞・組織又は他人の細胞・組織を培養など加工したものを用いて、失われた組織や臓器を修復・再生する医療のこと」とされています。
多岐にわたる研究が進む再生医療の中でも、脊髄損傷の後遺症に対する新たな治療法として大きな期待が寄せられているのが、脂肪由来幹細胞を使った治療です。
治療法は、まず患者の腹部もしくは大腿部の皮下脂肪から脂肪組織を採取します。取り出した皮下脂肪を医療機器にかけて遠心分離させ、脂肪由来幹細胞を取り出します。その幹細胞を静脈内点滴で全身投与します。患者自身から採取した幹細胞を使うので拒絶反応が出にくいのが特長です。
他にも、iPS細胞から神経のもとになる細胞を作り、脊髄の損傷部に注射移植して機能改善につなげる臨床研究なども始まっています。
また、テクノロジーを駆使した再生医療の治療法の開発も進んでいます。機能的電気刺激(FES)は、脊髄損傷によって伝達されなくなった脳からの運動制御指令をコンピューター制御による電気刺激に置き換えて、末梢神経とその支配筋を動かす治療法です。すでに、腕に装着して指の曲げ伸ばしや物をつかむ動きを可能にする装置などが実用化されています。
このように将来的には再生医療やロボットなどといった最先端の研究が、脊髄損傷患者の回復に重要な役割を果たしてくれるでしょう。
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